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シリーズ28 世界文化遺産 三角西港を訪ねて                                           電信文庫表紙ページへ

第七景 簡易裁判所と旧宇土郡役所  (2015年7月15日 訪問)

 海岸の埠頭から水路脇を通って環状水路を渡り、少し小高い場所に二つの施設がある。それが旧三角簡易裁判所と旧宇土郡役所である。それらを紹介しよう。

<法の館(旧三角簡易裁判所)=国登録有形文化財>
 明治23年に西港中町で最初設けられたが、大正9年に現在の地に新築移転している。また平成4年には三角東港の近くに裁判所と検察庁の役割の建物が出来、この地の旧三角簡易裁判所は法の館として、その歴史や裁判制度の展示、子供たちの為の模擬裁判などが行なわれるようになった。門の前に立つと、石製の柱にいかめしい木製の看板が付けられているが、両脇の煉瓦ブロック積みの塀は低く、昔の小学校を思わせる。昔の学校の玄関前にはよく蘇鉄が植えられていた覚えがあるので、懐かしい気分もする。中に入ると右側が受付のような小窓の付いたカウンターが在り、左手は資料室を経由して、法廷に繋がっている。多分、資料室は裁判室の前室として設けられていたのでは無いかと推測する。法廷は傍聴席は無いものの今でも十分に機能する構成を持っている。外を廻ってみる。外から見ると、昔の木造の小学校校舎の職員室の窓を思い起こさせる。正面から見て、右側の奥には煉瓦積みの資料保管庫がある。裁判所が木造であるのに対して、資料保管庫が煉瓦造であるのは裁判では人の心を優しく扱い、裁くということを木造の建物で象徴しているように思える。普通に考えれば、権威付けに裁判所を石造りにして、資料倉庫は煉瓦造りとするだろう。

三角西港 簡易裁判所入り口 三角西港 簡易裁判所事務窓口 三角西港 簡易裁判所法廷
写真説明:  左写真 法の館の門。門を入って左手蘇鉄の向こうが入り口。奥に見える建屋は回廊のように繋がった馬車の厩舎のようだ。中央写真はいろんな手続きを行う窓口で対面式のカウンターになっている。窓が大きいため暗さはない。右写真 裁判所内部。奥の高いテーブルは裁判長席。左手の半円のテーブルが証人席、その左右に検察官、弁護人席がある。傍聴席はない。 

裁判所は木造だが、資料保管庫の壁は煉瓦積みになっている。重要書類の扱いなのだろう。レンガの積み方が一寸変わっている。この積み方はなんという積み方なんだろう。長手積みと小口積みを交互におこなうのはイギリス積みといわれる工法なのだが長手積みの中に小口も顔を出している。床下通気口も面白い。石製の引き戸が付いて湿気や火の廻りを防ぐことを考えてつくられたのだろう。保管庫の窓には鉄製の雨戸や大きめの庇が付いており、これらも湿気を防ぐ意図があるのだろう。この裁判所の建物や前庭を囲むようにして回廊が巡り、いろいろな部屋が取れるようになっている。その頃は馬車での移動が行われていたと思われるので、一部は車庫や馬小屋などにも使われていたのでは無いかと思われる。昔の田舎の学校の職員室が、こういう雰囲気であった。窓が大きい事は、内部に大量の光を取り込む事になるが、防犯という意味では心細いところだ。裁判所という用途に対する当時の考え方が見られる。奥は煉瓦済みの資料庫。手前の裁判所が木造で窓も大きく、火に弱そうであるのに対して、資料庫はがっちりと造られている。このギャップが面白い。

三角西港 簡易裁判所外壁 三角西港 簡易裁判所資料倉庫 三角西港 簡易裁判所資料倉庫のレンガ積み
写真説明: 左写真 木造の簡易裁判所 窓が大きく、部屋に明るい光を入れられる様にしている。奥には別棟でレンガ造りの資料庫が見える。中央写真 窓が鉄板で塞がれていて防火に対して気を遣っている。右写真 レンガの積み方の詳細。面白い積み方だ。
三角西港 資料倉庫の床下換気口 三角西港 簡易裁判所資料倉庫入り口
写真説明:  左写真 床下換気口 わざわざ石の板で扉を造っている。たかが換気口されど防火のために敷居や鴨居まで丁寧に造られている。右写真 資料庫入り口ここも鉄板で覆われて南京錠が掛けられるようになっている。 



<九州海技学院(旧宇土郡役所)=国登録有形文化財>
 三角西港が出来た頃には、宇土郡役所は仮庁舎として置かれていた。その後、明治35年に新しく郡役所として建てられた建物がこの建物である。そして紆余曲折の中で使われ方が変わって行って今は民間会社で海の男達のスキルアップのための学校として運営されている。その間の昭和61年には保存事業の一環として改修された。建設当時には四つの建物で構成されていたようだ。今は各所に配色されたブルーの色が古い形態を維持していながら、斬新な可愛い表情を持つ建物になっているように思う。色使いも当時のままなのであろう。全体に色を配しながら、玄関ポー チの部分により集中させることで、見る人の意識を集中させている。建物は石造りのようなデザインであるが、木造モルタル造で壁のモルタルに目地をきっちりと入れて石造りのように見せている。床下通気口が石割と合っていないこと。石張りにしては縦ラインが見られない事など異様な点もあるが、石張りには隠し目地の技法もあるのでこれはこれで良いのかもしれない。

三角西港 旧宇土郡役所正面 三角西港 旧宇土郡役所全体 三角西港 旧宇土郡役所中庭
写真説明:  小高い丘の上にある旧宇土郡役所緩やかな坂道を上ったところにある。左写真 坂を上った所から門を通して見える正面入り口。中央写真 左に回って建物を見る。右写真 建物の裏側。裏の建物との間に中庭のようになっている所。ここにも犬走りに植物が置かれ、静かな落ち着いた空間になっている。 

三角西港 旧宇土郡役所高窓 三角西港 旧宇土郡役所玄関庇角柱 三角西港 旧宇土郡役所入り口庇天井
写真説明:  左写真 採光・換気用天窓。デザインもそうだが白壁に淡いブルーがすっきりとした感じを与えている。中央写真 角の柱壁のデザインが良い。外の景色を見せるために視界に当たる部分を細い三本の柱にして視界の連続性を持たせようとしている。照明も天井の真ん中に付けるのではなく、暗くなりがちな隅に配置している。右写真 素直な格子天井で檜板を張り込んだ所はすっきりとした印象だ。 


床下通気口、窓の縦と横の寸法、窓と窓の間隔など、屋根の通気口の位置やその詳細等、全体として丁寧に作られている。玄関ポーチの中に入ると、充分な広さがある。見上げると天井は格子天井組となっており、ヒノキ板の木目がそのまま見えて、好感を与える。そこから前庭を見回すと、ポーチの庇を支える柱壁がある。壁だと閉塞感を作ってしまうのだが、丁度目の高さが3本の足になっていて、周囲の視界を塞いでいない。よく考えて作られている。 また庇の照明も格子天井のど真ん中に付けるというような野暮なことはせず、庇を支える壁にさりげなく付けられている。本日は日曜日で学校は休みなのだろう。周囲も深い緑に囲まれて、古建築を忍ぶ雰囲気を作っている。内部は閉鎖されていて見られなかったが、外観が見られただけでも訪れた価値はあったと思う。坂を下りて山の麓の環状排水路の脇を通り、三角駅への帰りの道に入る。環状排水路の山側は後で開発されたと思われる住宅があって、排水路の手摺越しにアプローチするようになっている。なかなか大変な生活環境のようだ。

三角西港 山側水路と住宅地の関係 三角西港 住宅地からの出入り
写真説明:  左・右写真 山側の排水路。山から湧き出る水を集めて流している。欄干が50cm程あり山側の住宅に行くには欄干の手摺りを越えて敷地内へ橋を架けてそこから入る。ただ欄干が50cm程あるので欄干の手前の道路に一段分の踏み台が置かれている。 

     
 
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