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シリーズ28 世界文化遺産 三角西港を訪ねて                                           電信文庫表紙ページへ

第六景 躘驤館と旧三角海運倉庫  (2015年7月15日 訪問)

<三角西港展示館 龍驤館(リュウジョウカン)=国登録有形文化財>
 この建物は、元々は明治天皇の即位50年記念を想定して計画されたのだが、明治45年に天皇がお亡くなりになった後、その徳を忍ぶ頌徳記念館として大正7年に建てられたものである。使用用途は、公会堂、図書館等である。三角西港の再評価の中で、昭和62年に修復されている。現在は三角西港の昔から現在までの説明パネルの展示場になっている。丁度私が訪れた時も、その作業が行われていた。だから写真で見られるのは最新の情報である。この建物は三つの部分から成る。その三つの建物は入り口の庇で繋がれている。正面は広く公会堂として使用されていたのだろう。現在は展示スペースとなっている。その中の展示物を少し紹介しよう。当時の建物の配置図と模型である。(第2景参照)模型は天井に付いている照明が、模型をカバーしているガラスに反射して黄色い玉を幾つか映しているが、それについてはご勘弁頂きたい。その模型を見ると、建屋が全て2階建てに制限されているため、全体的に平坦に見える。3カ所の浮き桟橋、水路も見える。模型でおかしいと思うところがある。桟橋に対して船が直角に係船されているが、荷物の積み卸しを行うには不適格だ。当然横付けが正答であろう。メイン道路付近が以前の海岸線に平行に走っていたと思われ、右側の膨らんだ部分が埋め立てされた部分と思われる。龍驤館の建物を外から見てみよう。2階建ての部分の南側、西側は全く同じデザインとなっている。床下通気口の作りもしっかりした構成でデザインされており、上げ下げ窓も明かり取りのために充分な大きさを持っているし、デザインも一寸変化を付けている。窓上の壁のデザインが何を表しているのかは判らないが、シンボル的な要素を持っている。壁の部分も窓下、窓横、窓上、及び2階部分のデザインを変えてモダン明るさを演出している。ところで龍驤という館名であるが、解説では熊本県から献上された龍驤艦という船で明治天皇が来遊された事を記念して名前が付けられたと説明しているが、明治天皇が来熊された時期と建物が建てられた時期にズレがありすぎるので結び付けるには難を感じる。龍驤とは昇竜と同じ意味であり、偶々吉祥の言葉として同じ文字を当てたと考えるのが普通であろう。

三角西港 龍驤館入り口 三角西港 龍驤館全体 三角西港 龍驤館2階屋部
写真説明:  龍驤館(リュウジョウカン)
左写真:正面入り口 階段を登った正面が元の公会堂として使用された部分。今は展示室となっている。左側の部分は元図書室として使用か。1階は現在展示室になっていた。正面右側の建物は、現在事務室として使用されていて、中は見られない中央写真 正面入り口から左によって撮影。右写真 左側の2階屋を角から撮影 



 <レストラン 旧三角海運倉庫=国登録有形文化財>
 三角西港には多くの海運倉庫が埠頭脇に立てられていたが、この建物も築港時の明治20年に建てられている。その後、三角西港の凋落と共に、殆どの倉庫が無くなってしまったのであるが、一軒だけ残っていたこの建物が、三角西港の再評価で保存機運が高まり、昭和62年に修復されて残されることになった。ただ倉庫としてでは無く、レストランとして再生された。
この建物も時間が早かったせいか内部を見ることが出来なかった。修復したと言っても以前の建物の写真を見ると結構変わってしまっている様な気がする。一番目を引くのは2階部分の採光窓の数であろう。当時の建物には1カ所しか無いのに対し、今の建物では、10カ所の窓が付けられている。これは内部がレストランになったため、採光することで明るい店舗になるようにしたのであろう。また旧写真ではよく見えないが、1階部分は板張りでは無かったかと思われる。今の建物では扉以外の部分は、漆喰壁になっており、より重厚さがある。建物にアプローチする側は大きい窓が少なく、閉鎖的であるが、それがかえって内部に入ったときの大空間を意識させるための手段ともなっている。ドア上に飾りの庇を付けて、外壁面のデザインのポイントにしている。また入り口に付けられた持ち出しの赤いテントも、引き立てる要素をもっている。倉庫の壁としての重厚さが窓周りの漆喰壁の厚さで表現され、そこに付けられた面格子も良い雰囲気を造っている。私は妻側壁のデザインが気にいっている。大きい開口部はショーケースとして、のぞき的な興味をそそる。

三角西港 旧海運倉庫入口側 三角西港 旧海運倉庫妻側 三角西港 旧海運倉庫小窓
写真説明:  左写真 レストラン入り口。厚みのある白い壁が地中海風のレストランの雰囲気を持たせている。そして赤いテントが入り口のポイントになっている。中央・右写真 妻側外壁の表情。どっしりとした壁に開けられた大きい窓、飾り屋根の横ライン、適所に付けられたランプなど、欧風の街角の様なまとまりのあるデザインになっている。 

三角西港 旧海運倉庫テラス
写真説明:  今はレストランになっている旧三角海運倉庫の海が見えるテラス 


 この建物の脇に奇っ怪な木が有る。まるでもののけ姫の映画に出て来そうな木の姿である。宿り木が巨大化し、元の木と宿り木が一体化してしまっている。アコウの木と書かれている。鳥に運ばれてきて、木にくっつき次第に気根を伸ばし木の樹養を吸い取って成長していく。ここまでになると凄いとしか言いようもない。当然元の木が枯れてしまう場合もあるそうだ。古い言葉に阿漕(アコギ)な奴と言う言葉もあるが、アコウの木とアコギという言葉の関連性があるかのように思わせてしまうのは思い過ごしだろうか。

三角西港 アコウの木全体 三角西港 アコウの木幹部分
写真説明:  左・右写真は旧三角海運倉庫脇の”アコウの木”アコウはクワ科の植物で枝は良く分岐する。枝や幹から気根を出し、水や栄養を取り入れる。往々にして大きな木等に寄生する。ここの説明にも宿主の木の種類については解らないとあった。宿主は殆どがアコウの枝葉に覆われてしまっている。 

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