![]() |
||
![]() |
2023.12 | ![]() |
ゆめとゐめ | |||||
二つの意味を持つ"夢" | 古い話を持ち出して申し訳ありませんが、数年ほど前に、ある時ぼんやりとテレビをなんとなく見ていましたら、TV番組で三島由紀夫の生い立ちをドキュメンタリーでやっていました。その中で彼が子供の頃、辞書を愛読書にしていたと言う話が流れてきました。その話が耳に入った途端、その特異性にテレビに引きつけられて見入ってしまいました。現代ではゲームやアニメが子供の生活の中に、確実に根付います。もちろん三島由紀夫の子供の頃にはゲームやアニメはありませんが、辞書を愛読書としていた子はそういなかったのではないかと思われるのです。今の若い人たちは辞書を繰るということをしようとしません。解らないことがあるとまず人に「これはどういう意味?」と聞いてきます。そこで「辞書で調べてみたら」と言うと、「面倒くさい」と答えが返ってきます。そういった事例の対応に頭を悩ませた事が何度かあったため、このTVを最後まで見てしまいました。テレビの言わんとするところにはあまり関心がなく、三島由紀夫が辞書を常に手に取って繰っていたということが分かり、それが彼の文学的素養を大きくしたのだろうと思い、非常に関心を持って見ました。スマホやゲーム、アニメが幅をきかせている現在の世の中において辞書を繰ると言うことで楽しめるのであれば、何か一石を投じられるのではないかとその時思ったのです。そこで試しにちょっとした言葉を辞書で調べてみたらと思い、その時辞書を引く面白さについて検証してみようと思い立ちました。 テーマとして<夢>を選んでみました。寝ている時に見る<夢>と、自分が将来遣ってみたいと思う<夢>と言うようにこの二つの<夢>は、同じく<夢>と同じ文字で表記していますが、元々は違った言葉として扱っていたのではないかと思えるのです。睡眠中に見る<夢>は楽しい夢もありますが、怖い夢もあります。この寝ているとき見る<夢>については、心理学の中で大きな研究分野となっており、フロイトやユングをはじめとする多くの研究者が論文を発表しています。一方、将来の<夢>という言葉については、"個人個人の将来への思い"と言うだけで片付けられているようです。ここでこれらの二つの<夢>が一つの<夢>という文字で表記されることには違和感を感じると共に、元は言葉に違いがあったのではないかと感じさせるのです。そこで辞書を使って調べてみました。 |
||||
ゆめとゐめ | そして判ったことがあります。寝ている時見る<夢>という言葉は昔、"いめ"と言っていたことがわかりました。それを漢字で"異目"とか"寝目"と書いていたと辞書には記載されています。"寝目"と出てくるのは、鎌倉時代の頃で、それ以前に"寝目"と当てていたのかは、はっきりしていないようです。ここで"いめ"の文字についてもう少し詳しく調べて見ましょう。"いめ"の文字をそれぞれに分けて"い"と"め"について、どういう意味を持っているのかを調べてみました。"め"には、「ひどい"め"に遭う」という様に"体験する"という意味があるようです。また"い"には"異った"という意味があり、この二つの文字のそれぞれのもつ意味を結びつけると、"いめ"は"異った体験”という意味合いになり、寝ているときに見る<夢>の意味としてぴったりとします。 一方、自分の希望する将来の<夢>の方はどうでしょうか。"ゆ"という言葉を調べてみますと"自立的な"という意味を持っていると有ります。そこで先ほど調べました、体験という意味を持つ"め"と合わせますと"自立的な体験"となり、自分の将来の<夢>に近づいてくるように思います。 これらのことから寝ている時に見る<夢>が"異目"もしくは"寝目"と書いて"いめ"と表現され、もう一方の<夢>は、自分の将来の<夢>を意味する"ゆめ"というように、もともと二つの<夢>の言葉は、異なっていたのではないかと推測されるのです。 ではどうして"いめ"は"ゆめ"になったのでしょうか。その当たりはどこにも記載有りませんので想像するしか有りません。では楽しみながら辞書を使って推測して行きましょう。"い"の異字体として、ヤ行に"ゐ"という文字があるのはご存じですよね。もともと"い"と"ゐ"は区別して使用していたと辞書には記載有りますが、その"ゐ"の持つ意味については調べても解りませんでした。そこでまた楽しんで推測していきます。[や]行の並びを見ますと、"やゐゆゑよ"ですから"ゐ"と"ゆ"が隣り合わせで並んでいます。そこにヒントがありそうです。"い"という文字が"ゐ"という文字で書かれていたのであれば、変化もしくは書き間違いや取り間違いが起こりやすい関係にあります。もともと"ゐめ"だったのかもしれません。その"ゐ"がいつの間にか何らかの時に"ゆ"に置き換えられたのではないかという推測も可能なような気がします。これらの事柄は推測として楽しんでみました。 私たちは夜に睡眠を取る時、ただ単に眠っているだけではなく精神的な浄化作用を行っていると言われています。睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠が交互に起こり、ちょうどコンピュータのメモリーをデフラグ(整頓)するようにレム睡眠の時に夢をみてデータを保管し直し、次のデータが入りやすいようにノンレム睡眠のときに整理をしていると言われています。夢は見ても、なかなか覚えていない場合が多いのですが、多い人では一日に数回違った夢を見る場合があるそうです。その様な時、朝は起きたときに夢がこんがらがって"もやもや"とした感じがします。それは<夢>が、昔もし"ゐめ"を表していたとすれば、"ゐ"と言う文字がグルグルとして、こんがらがったイメージを連想させることと考え合わせると面白いですね。 この様に辞書を繰ることは、一歩一歩寄り道しながら進み、宝物を探し出して、大きな目標に到達する現代のTVゲームのRPGゲームと殆ど同じ構造であるように思えます。もしかしたら三島由紀夫も辞書を使ったRPGゲームを楽しんでいたのではないかと思うとなんだかほっこりしてくる感じがします。 |
||||
この文章は 電信文庫 シリーズ8 "日本語の面白さ"の一章を改編したものです。 | |||||
呟き | 自分の将来の夢は、どのような大きいものでも持つことが出来る。それには一つ一つを慎重に積み重ねて行けば、近づいていくことが出来るだろう。それは達成すること以上に、一つ一つを丁寧に行っていく過程こそが重要であると思う。夢は掴み取ってしまえば、すでに過去のものでしかない。 | ||||
![]() |
丁寧に積み重ねられた石垣 熊本城石垣 2019年3月 撮影 |
一つ一つ丁寧に積み重ねられた石垣は、時間を掛けて積み上げられていく。どうしたら崩れにくいかを考えながら造られている。石垣の間の目が細い事が 丁寧な仕事の証となっている。 |
|||
![]() |
積み重ねの上に造られた威容 熊本城石垣と楼 2019年3月 撮影 |
丁寧に積み上げられた石垣は エッジの効いた反りのある鋭さを持った威容を示す。 2016年に起きた熊本大震災において熊本城は甚大な被害を受けた。この全ての補修には数十年が掛かると言われている。写真の部分については地震の影響は見られない。 |